子どもを妊娠すると味覚が変わる、というのはよく聞く話だ。ある人は甘いもの、ある人は酸っぱいものと何かの味が無性に食べたくなってしまうらしい。まさに「やめられない、とまらない!」といった具合だが、ケニアの女性にも無性に食べたくなるモノがあるという。伝統的に妊婦が食べているもので、今ではローカル市場からスーパーマーケット、至る所で『ソレ』を買うことができるが、日本人は『ソレ』を食べ物と認識しないだろうし、まして噛(かじ)り付いたり味わったりしないだろう。

ケニアのママ達が無性に食べたくなるモノ、それは何と『』であったりする。

濡れ手に粟(あわ)のオドワ商人

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ケニアで食べられている石は『オドワ』と呼ばれ、主に妊婦が好むものとして知られている。ケニア西部でよく採られており、大きい塊(かたまり)をパンガ(山刀)で小さく砕いてマーケットに運ばれる。ローカル市場はもちろん現代的なスーパーでもパッケージされたものが売られており、スラムの肝っ玉母ちゃんから富裕層のマダムまで広く親しまれている。

『ワ・マチガ』というニックネームで呼ばれるオドワ商人に話を聞くと、次のように説明してくれた。

「若い頃にコロゴチョ(スラム)に来て、この歳になるまでオドワを売って暮らしてきたよ。妊婦によく売れるからね。うちの女房も六人の娘に加えて息子まで産んだけど、オドワを食べて養生していたから妊娠中も健康そのものだったさ。オドワの取材をしたいならここら辺を歩いている女性に声をかけてごらん、この石を食べたくて食べたくてしょうがない人が沢山見つかるから。スイーツやチョコレートなんかの甘いものを食べてる妊婦はダメだね。体がヤワになっちまう」

ワ・マチガの商売はオドワの塊(かたまり)を業者から仕入れ、それを露天商やキオスク(ケニアの個人商店)、あるいは妊婦に直接売ることだ。オドワ商人は人数が少なく、割のいい商売だという。今ではスーパーで綺麗に包装されたオドワが売られているが、ローカル市場のオドワ熱は冷めない。

ローカル市場でオドワを売るワ・マチガ。スーパーで売られているオドワはパッケージされているが、基本的には同じものである。

カリオバンギ(インフォーマルセクターの職人たちが多く活動する地域)で『オチェイン』と呼ばれる別のオドワ商人に話を聞いたところ、オドワ2個を1シリング(約1.1円)で仕入れ、1個1シリングから2シリングで売っているという。オチェインはオドワが妊婦にとって「どうしようもない乾きを癒す水みたいなもの」だという。こちらもオドワ商売は順調で、買う女性が後を絶たないという。

今年35歳になるというジョンさんは奥さんが妊娠していたとき農村に住んでいたが、ナイロビに来る度にオドワを20個ほど買い込んで奥さんに渡していた。奥さんが受け取ったオドワをペロリと平らげるとジョンさんはまたナイロビにオドワの買い出しに行くという往復生活がしばらく続き、医者からは流石に食べ過ぎだと注意を受けたこともあった。結局出産までオドワを食べ続けたが、出産後には憑き物が落ちたかのようにオドワを食べることを止められた。

「無事に子どもが生まれてよかったよ。ただ、今度妊娠したときにまた妻がオドワを食べ続ける、なんて状況はちょっと勘弁だね」とジョンさんは本音を漏らす。

女と石のエトセトラ

ケニアでオドワを食べる妊婦は多いものの、それを好んで食べているかというと一概にはそういえない。二児の母であるモウリ―ンさんが初めてオドワを食べたきっかけは周囲からの勧めがあったためだと話す。

「初めて妊娠した時お医者さんからの勧めでレバーやフルーツ、野菜を中心に食べていました。その後産婦人科に行ったときに他の妊婦から勧められて、その時初めてオドワを食べました。二回目の妊娠のときにはオドワを食べるようになっていたけど、出産後は食べくなくなりましたね」

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出産後も栄養補給のため、たまにオドワを食べているモウリ―ンさん。

中にはオドワを食べることに気が進まない妊婦もいる。三児の母で現在妊娠中のジュディさんはオドワを食べる経験を苦々しく振り返る。

「妊娠中はひっきりなしに食べるけど、あんまりいい経験じゃないね。周囲の人からはオドワには鉄や亜鉛、カルシウムなど妊娠時に必要な栄養が含まれていると勧められたから食べていたけどお腹が受けつかなかったの。だって、『石』を食べる必要があるの?サプリメントで十分栄養は採れるじゃない。妊娠の度にオドワを勧められたけど食べたくなくて号泣したこともあった。こういう習慣はまるで病気ですよ」

出産後はオドワを食べる習慣が止まったという女性や嫌々オドワを食べる女性もいれば、オドワを食べたくてたまらないという女性もいる。そんな女性が四人の子どもを育て上げたマーサさんだ。

「この石を食べられるだけ食べたね。砂も沢山食べた。昔は今と違って伝統的な食べ物に囲まれて暮らしていたからかもしれないけど、問題はオドワを食べる癖(くせ)が止まらなくなっちゃったのよ。すっかり年寄りになっちゃったけど、今でもたまにオドワを食べたくてしょうがない時があるわ。歯が弱くなっちゃったから食べられないんだけどね」

オドワを買い求めるのは何も妊婦だけではない。12歳のぺニナさんは母親からオドワを買ってくるようお使いを頼まれている内に、いつしか自分もオドワを食べるようになっていた。

「お母さんに赤ちゃんができたからこの石を沢山食べるようになったの。お腹の赤ちゃんが欲しがっているんだって。凄くいっぱい食べているから私も食べたくなって、お使いのついでに一つだけ買ってもらえるようになったんだ。学校の友達と一緒に食べるの。今では習慣みたいになってるかな。良いオドワはね、柔らかくて指で砕けるの。甘くて食べやすくて、とっても美味しいよ!」

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お使いに来ていたぺニナさん。今でも自らもオドワを食べるようになった。

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長谷川 将士

長谷川 将士

株式会社グラスルーツウォーカーズ代表取締役CEO
二十歳からケニアでフィールドワークを続け、大学院時代に行った調査が共著論文として書籍に掲載されています。専門はアフリカ政治経済学(特に紛争及び市民暴力)。最近は中間層論と経済成長論に関心有り。日本のアフリカ報道と学術研究やフィールドワークから見えるアフリカ像が大きく異なることに疑問を抱き、エビデンスに基づいた現場発信型メディアを立ち上げるべく、ケニアで奮闘しています。弊社ジャーナルサイトは平日、正午に更新していますのでご一読ください。