Bye Bye EBORA

【去年、エボラ終結後に開催された、エボラ終結祝いコンサートの看板】

こんにちは。初めまして。

西アフリカの、ギニア共和国の首都コナクリ市で暮らして6年目の、バー由美子です。

日本の皆さんには、ギニア!と言うと、オスマン サンコンさん、そしてエボラの国というイメージでしょうか?
ギニアはとっても面白い所なのに、日本にはギニアの情報はほとんど無いに等しいですよね、
私がこれからいろいろと、ギニアの事をご紹介させて頂こうと思っています。

それでは、最初の記事は、私の自己紹介を、ギニアがどんな所なのか?も合わせてさせて頂きます!

ギニア共和国

西アフリカの西側(地図の左側)に位置する共和制国家。
私の暮らす首都コナクリ市は、大西洋に面し、海に囲まれています。その為、魚介類が豊富です。
中・東部はフータジャロン山地が広がり、南端には熱帯雨林におおわれた、珍しい植物や動物が沢山生息しているニンバ山厳正自然保護区があります。ギニアは西アフリカの給水塔といわれ、1~4月の乾季にはほとんど雨が降らず、6~9月の雨季には3500mmを越える雨量があるそうです。
雨季のコナクリの雨は、まるで滝の下をくぐっているような様なすさまじいものです。

  • 人口 :1170万人(2013年の情報)
  • 面積 :日本の本州とほぼ同じ大きさだそうです。

ギニアは肥沃な土地と豊富な水、ボーキサイト、金、ダイヤモンドなど鉱物を産業とする大変豊富な資源のある国なのにも関わらず、一般庶民は収入が少ないのに対し、物価が驚くほど高いのと、頻繁に急激に物価が上がる為、生活はとても厳しいものです。

しかし、それまでは1日に6時間以外はほとんど停電だったのが、去年の半ばあたりから、24時間電気があるという状態に変わった事で、ギニアの人々の生活は、だいぶ良い方向になったとは思います。

ちなみに、ギニアに住んでいる外国人は、レバノン人、中国人の商売をしている人以外は、ほとんど大使館職員、何かの支援団体職員、が主で、どこかに勤務して生計を立てながら家族と暮らしている人は本当に僅かだと思います。だって欧米から来た外国人はいつも何かの支援団体のロゴの入ったすごい車に乗っている人ばかり。

そして、日本人は特に少ないです。私の様に、一般家庭としてギニアに住んでいる人は、一桁しかいないんですよ。

初めてのギニア渡航のきっかけは、ジャンベ修行

ギニアに私が初めて訪れたのは、16年前の2000年。

世界的に活躍されている、ギニア出身のジャンベ奏者の第一人者、ママデイ ケイタさんが、ギニアで主催した、ジャンベのワークショップに参加する為でした。

Mamady Keita

こちらが、そのママデイ ケイタさんです。
世界中で活躍されているママデイさんは、4月にジャンベのワークショップをする為に来日されます!

ジャンベとは、木をくり抜いて作られた筒状のものに、ヤギの皮を張った太鼓。西アフリカのマリンケ族に古くから伝わる楽器で、人生の節目のさまざまな儀式などで演奏されて来た、今もなおジャンベ無しの生活は考えられない西アフリカの人々に欠かせない重要なものです。

Djembe ジャンベ

【ジャンベ】

当時ジャンベの魅力にとりつかれていた私は、「とにかく、ジャンベ発祥の地、ギニアに行くしかない!実際に本場のアーティストのダンスやジャンベの演奏を見てみたい」と、勢いでギニアに行ってしまった様なものでしたが、実際行ってみると、私はジャンベ、ダンスの魅力よりも、ギニアそのものの魅力にはまってしまったのです。

ギニア滞在は、今までの価値観、人生観が見事にくつがえされるような衝撃的なものでした。
そして、そこで一番強く感じたものは、「日本の様にいろいろな便利な道具や流行りの物は無い、でも、子供もお年寄りも、みんな元気で陽気で、無邪気で、いつも笑顔。なんだかとっても楽しそう、幸せそうに見える」という事でした。

そして、結局その後、私はママデイさんのお家で出会った夫と結婚する事にもなります。

私が参加した、ママデイさんの開催するツアーには、世界各国の外国人達がジャンベを学びに集まっていました。そう、ギニアは、ジャンベ発祥の地で、アフリカンダンスとジャンベでとても有名な国なのです。

普段は外国からの観光客はいないけれど、乾期の過ごしやすい年末年始に、アフリカンダンスやジャンベ、その他の民族楽器を学ぶのを目的に世界中から多くの外国人が来るという面白い国なのです。
普段はほとんど見かけない欧米人が、その時期だけ街に出現します。そういう人達は、だいたい女性は髪の毛をアフリカンスタイルの編み込みにしていたり、男性は民族衣装を身につけていたりするので一目で分かります。

それは、まるで日本民謡や舞踊、和太鼓を学びに、日本に過ごしやすい春だけ世界中から人々がやって来て、浴衣を着て歩いている様なものなんです。しかも、その時期以外は、観光客はバックパッカーくらいしか来ないのです。

2010年に日本からギニアに移住

結婚後、日本へ移り住んだ夫は、ギニアでの職業は国立舞踊団のダンサーだったので、アフリカンダンスの教室をしたりパフォーマンスなどで、私も夫と共に日本にギニアの文化、魅力を伝える活動をしていました。私達は、自分達の子供2人に、ギニアの豊かな文化、民族音楽、ダンスに幼いうちから触れて欲しい、伝統音楽のアーティスト、ダンサーになって欲しいという強い想いがあり、東京で経営していたアフリカの服やジャンベを販売するお店を閉店、住んでいた家も引き払い、2010年にギニアに家族4人で移住しました。

DSC_1132 (1)

【これが、私と家族です】

ギニアではこんな事をしています

Inuwali Africa・イヌワリアフリカ  代表
アフリカ太鼓ジャンベその他の伝統楽器、アフリカンプリントを使った雑貨、洋服を現地の職人と制作、ネットショップで販売と、卸し販売をし、その売り上げの一部で貧しく厳しい生活を送りながらも頑張る、ギニアの舞踊団アーティスト達の支援活動をしています。

イヌワリアフリカ HP  http://inuwali.wix.com/inuwaliafrica

イヌワリアフリカ

◆ギニアでの取材撮影コーデイネート業

◆夫と共に、アフリカンダンスとジャンベでギニアを満喫してもらうというコンセプトの合宿型のギニアの旅を開催しています。
 ギニアの旅  専用HP HP http://inuwali.wix.com/guineatour-dancedrum

◆ギニアでの毎日をブログに書いています。
 ブログ http://ameblo.jp/inuwali-africa/

現在ギニア在住6年目 、ネットショップの仕事、子育てに追われながら、ダンス・パーカッショングループでギニア人達に混ざってほぼ毎日踊ってアフリカンダンスの修行もしています。

そして、大好きなギニアの魅力を世界に発信すべく日々奮闘中です。
これからの大きな目標の1つは、ギニアの音楽、ファッションを通して、ギニアと日本の架け橋になるような活動をして行きたいという事。

同じ気持ちを持つ方いらっしゃいましたら、アドバイスその他、是非 力になって下さい。
ご協力お願い致します!私と一緒に、何か行動しませんか?

どうぞ宜しくお願い致します!

その他の情報はこちら

こちらもオススメ関連記事!


The following two tabs change content below.
Yumiko Bah
我が子に幼いうちからギニアの素晴らしい伝統文化に触れさせたい、本場ギニアの伝統音楽、芸能を学ばせたいという想いで、2010年に日本で住んでいた家と経営していたアフリカンショップを引き払い、夫の母国、西アフリカ・ギニア共和国に、夫と子供2人の家族4人で日本から移住。 現在ギニア在住7年目。ギニアで設立した現地法人イヌワリアフリカの仕事、アフリカンダンス修行、子育てに追われながら、ギニアの魅力を世界に発信すべく日々奮闘中。 ◆《 Inuwali Africa・イヌワリアフリカ 》 代表 イヌワリアフリカ HP http://inuwali.wix.com/inuwaliafrica アフリカ太鼓ジャンベその他の伝統楽器、アフリカンプリントを使った雑貨洋服を現地の職人と制作しネットショップで販売した売り上げの一部で貧しく厳しい生活を送りながらも頑張るギニアの舞踊団アーティスト達の支援活動をしています。 ◆【ギニアの旅・アフリカンダンス&ドラム キャンプ 2017年】 専用 HP http://inuwali.wix.com/guineatour-dancedrum アフリカンダンスとジャンベを通じギニアの知られざる魅力を体験して頂くというコンセプトの合宿型のギニアの旅をオーガナイズしています ◆ギニアでの毎日・ブログ http://ameblo.jp/inuwali-africa/