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アフリカ

私たちはアフリカに惹かれ、ここに集まる。

ある人はビジネスかもしれないし、ある人はボランティアかもしれない。

ある人はいつかアフリカを訪れることを夢見ているかもしれない。

そしてある人は私のようにアフリカ人と恋に落ち、このアフリカ大陸のどこかで暮らしているかもしれない。

私たち一人一人がアフリカとの物語や憧れを持ち、アフリカと繋がっているのだ。

私が「アフリカ」に惹かれるわけ。

20代半ば、旅に明け暮れていた私は、アフリカの旅に惹かれ始めていた。

バンコクの宿で出会った日本人の写真家のアフリカの話しが刺激的で、そんなことをきっかけに、長年憧れを抱いていたアフリカへの旅をぼんやりと想像していた。

 

伝統的な暮らしを守る少数民族や、大自然、動物たち、溢れる生命力。

あの大きな大陸を一度旅してみたい・・・。

アフリカ大陸はいつでも私の心をワクワクさせた。

 

そしてその後日本に帰った私はアフリカの旅を決意し、旅の資金を稼ぎ、遂に旅を決行したのだ。

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出典元:http://thegoldexp.blog99.fc2.com/blog-entry-927.html?sp

目的はアフリカ大陸であったが、アフリカへの直行のチケットは買わなかった。

同じ道ではないけれど、遥か昔に私の遠い先祖がアフリカ大陸から渡って来たように、できるだけ陸路で辿り着きたかった。

 

アフリカは全人類のルーツだ。

 

私はいつの間にか始めたヒッチハイクと民泊を繰り返し、ユーラシア大陸横断の末、スペインのアンダルシア、ジブラルタル海峡に面する港町にいた。

その海峡の向こう岸にぼんやりと見えるのは、アフリカ大陸。

私の胸は高鳴った。

 

とうとうここまで来てしまった、と思った。

アフリカに国境などない、一つの大国アフリカ。

アフリカに行ったことある人は、あの濃厚な空気を知っているだろう。

あの大陸の空気は濃厚で、空は晴れ渡っていて、手が届きそうだ。

そしてどこからか聞こえてくる、あのアフリカンミュージック。

好奇心旺盛で、フレンドリーなアフリカ人。

そして圧倒的な大自然の中で生かされる、ちっぽけな私たちの命

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タンザニアのモシにてキリマンジャロを望む photo by バンベニ桃

私は約2年弱アフリカ大陸を縦横無尽に旅した。

ヒッチハイクと民泊を繰り返し、時にはジャングルの中や砂漠の僻地まで旅をした。

伝統工芸などを習うために数週間ホームステイさせてもらったこともあった。

《ヒッチハイクの旅 好評連載中→リンク

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ナミビアの砂漠の真ん中でヒッチハイク photo by バンベニ桃

モロッコから南下し、モーリタニア、西サハラ、そしてセネガルからブラックアフリカに入った。

セネガル、ガンビア、マリ、ブルキナファソ、ガーナ、トーゴ、ベナン、ナイジェリア、カメルーン、そして当時内戦中で中央アフリカは旅するのが難しく、ナイロビへ飛行機で飛んだ。それからエチオピア、マダガスカル(ナイロビから航路)ケニア、タンザニア、マラウィ、モザンビーク、ジンバブウェ、ボツワナ、ナミビア、スワジ王国、レソト、そして南アフリカ。

 

東西南北アフリカを旅して、私の胸の中に確信となって現れてきたのはアフリカは一つという念だった。

もちろん食べ物などの民族の違いはあるが、その違いよりも、共通点の方があまりにも多くて、旅の途中から私はアフリカを一つの国だと感じ初めていた。

 

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バンベニ 桃
2006年から3年弱、ヒッチハイクの旅でユーラシア大陸横断、アフリカ大陸を東西南北に旅する。現在は旅でたどり着いた南アフリカのトランスカイと呼ばれる地でコサ族に嫁ぎ、二児の母。移住6年目。地球と循環していけるシンプルライフを執筆中。地球の欠片で作るアクセサリー 作家としても活動中。私の暮らすトランスカイ情報も発信中! 《地球アート雑貨シソドワ(雑貨活動と執筆活動情報)》《トランスカイ情報