タクティカル・アーバニズムという言葉を聞いたことがありますか。
2023年、独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)の技術協力プロジェクト「キンシャサ市都市交通マスタープラン実施促進プロジェクト」の一環で、コンゴ民主共和国において、タクティカル・アーバニズムの手法を用いた横断歩道の施工が実施されました。
今回、キンシャサでタクティカル・アーバニズムによる都市・交通インフラ改善に取り組むプロジェクトリーダー・JICA専門家の経験とプロジェクトへの想い、プロジェクトに参加した学生たちの経験についてインタビューを通して深く掘り下げていきます。
プロジェクト動画:https://www.youtube.com/watch?v=V-sGVqB5-tM
タクティカルアーバニズムとは?
タクティカル・アーバニズムとは、長期的な都市や公共空間の環境改善を目指して、小規模・低予算・短期間的にまちづくりのアクションを起こす新しい手法です。
アメリカやヨーロッパ、日本など先進国を中心に広がりつつある一方、アフリカでの事例は極めて少なく、今回の実施はコンゴ民主共和国で初めての試みとなりました。
これまで多く採用されてきたインフラ整備のアプローチ方法は、政府が建設して地域住民に提供するというトップダウン的な手法が主でした。
これでは地域住民の巻き込みが不十分で、地域住民目線のインフラ設計になっていないことが問題として挙げられていました。
これに対しタクティカル・アーバニズムでは、地域住民とともにアクションを起こし、街の経過の検証と修正を繰り返しながらプロジェクトを進めることができます。
またインフラプロジェクトにおいて予算不足や人材不足を抱えるアフリカにおいて、安価でも地域コミュニティとともに実践できるタクティカル・アーバニズムが持つ可能性は大きいと考えられます。
コンゴ民キンシャサ市での取り組みを紹介!
コンゴ民主共和国の首都キンシャサは人口増加の只中にあります。2017年の1,200万人から、2050年には2,500万人〜3,500万人規模へと成長し、アフリカ最大都市となることが予測されています。
そのような背景から、人口過密によるインフラの整備不足が問題視されています。
この問題を解決するべく、JICAは、2018年に「キンシャサ市都市交通マスタープラン(PDTK)」を策定を支援し、2021年に技術協力プロジェクト「キンシャサ市都市交通マスタープラン(PDTK)実施促進プロジェクト」を立ち上げました。
その一環として、市内中心部の幹線道路(リベラシオン通り)沿いに位置する2つの大学(ISAU・ABA)の前の横断歩道の施工が実施されました。
今回の実施は、タクティカルアーバニズムの考えに基づき、現地カウンターバーとのサポートの下、対象地区の大学生と共同で行われました。「交通事故のない道路を実現する」というビジョンを共に策定し、アクションを開始しました。
これまでも各大学の前には横断歩道が設置されていましたが、ほぼ使われることがなく形骸化しており、歩行者が交通事故に遭うなど、交通安全上の問題が残っていました。
これは交通安全に対する教育や周知が不十分で、信号といった交通インフラ整備も追い付いていなかったことが原因として挙げられます。
そこで今回、JICAプロジェクトでは、タクティカル・アーバニズムの手法を用いた実践を実施しました。
横断歩道のデザインは、現地大学生の中で募集・投票を行い、実際の塗装も大学生により実施され、最終的には250名を超える学生がこの取り組みに参加しました。
2024年3月24日に催された記念式典では、地域交流イベントや交通安全キャンペーンも同時に開催し、地区全体での新しい横断歩道のオーナーシップを醸成するようなフォローアップも行われました。
このようにタクティカル・アーバニズムに基づいた実施によって、地域コミュニティにおける交通安全に対する持続的な意識改善が期待できます。
また将来的には、このプロジェクトをきっかけとして、アフリカ全土で交通インフラを地域コミュニティとともに創ることが当たり前になる時代の到来が期待されています。
プロジェクトメンバーにインタビュー!
今回は、プロジェクトのメンバーであるトレゾール・カテンボさんを中心に、津村 優磨さん・斎藤 春佳さんの3名に実際のプロジェクトの様子などをインタビューさせていただきました。
トレゾールさんはキンシャサ市都市開発ユニット(CDUK)に所属し、都市経営と都市レジリエンスに係るプロジェクトを中心に活動している都市・地域開発プランナーです。今回のタクティカル・アーバニズムを主導しました。
またJICA専門家としてこのタクティカル・アーバニズムに取り組んだ、株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル プランニング事業部 交通計画部の津村さんと株式会社アンジェロセック 社会基盤開発事業本部 交通基盤部の斎藤さんにも少しずつお話を伺いました。
– この度は、お時間いただきありがとうございます。早速ではありますが、本プロジェクトの開始の背景を教えてください。
トレゾール氏: 私は都市・地域開発プランナーとして、キンシャサ市都市開発ユニットで働いています。これまではプロジェクトの進め方も行政主導のトップダウンのアプローチが多かったので、タクティカル・アーバニズム(戦術的都市主義)をキンシャサに導入し、地域コミュニティが都市や交通の環境を作り上げていく新しい方法に挑戦したいと思ったからです。
– 今回のプロジェクトでは大学生により実行されていましたが、なぜ大学生を選んだのでしょうか?
トレゾール氏: 今回のプロジェクトはコンゴ民主共和国としても初めてのトライアルだったため、直接地域コミュニティに活動を理解してもらい連携するには、時間や費用の点でハードルが高いと考えていました。一方で、私たちと一緒にプロジェクトを実行した大学生にはクリエイティビティがあり、建築学や都市計画を学んでいるため、スムーズにプロジェクトに進めることが出来ると思ったからです。また、地域の学生自身も実践的に都市計画などを体験することができ、交通インフラの整備の重要性を理解する大変良い機会になったと思います。今回のプロジェクトを通して、参加した学生たちが地域コミュニティにタクティカル・アーバニズムなどを伝えてくれる存在になって欲しいという思いもありました。今後はさらに多くの地域のコミュニティを巻き込んで活動していきたいと考えています。
– プロジェクトの前後で参加した学生たちの都市交通や交通事故に対する考え方や意見に変化はありましたか?
トレゾール氏: そうですね、生徒たちが自分自身で環境を改善できることを理解しているようでした。特に、道路標識の重要性や横断歩道の使い方についても学んでいました。
津村氏:活動に参加した生徒から「次のプロジェクトにも貢献したいです!」といったメッセージも私のところに個人的に届いていて、多くの学生がタクティカル・アーバニズムに興味を持って、さらなる体験をしてみたいという学生が増えてきた印象です。
トレゾール氏:今回のプロジェクトでは最終的に100人以上が参加してくれ、参加した学生にはCertificateを付与して、就職活動などに使用してもらえるようにしました。
津村氏:実は100人じゃなくて、2倍の200人以上でした!
– 市民や地域コミュニティにとても良い影響のあるプロジェクトだったのだな…と想像できます。皆さんのプロジェクトへのモチベーションは何だったのでしょう?
トレゾール氏: キンシャサの都市問題への革新的な解決策を見つけることでした。最近では、人口増加の影響で都市化問題が深刻化しています。そのため、地域コミュニティが都市を改善する手助けをすることが重要だと考えているため、今回のプロジェクトがモデルになれば嬉しいです。
津村氏: 今回のタクティカル・アーバニズムはJICAの取り組みとしても先駆けとなる事例でした。一般的に交通インフラは行政等の公的機関が管理をしており、政府から一方的に提供されるものです。一方で、タクティカル・アーバニズムはボトムアップ的な手法であり、地域コミュニティが都市インフラを作る新しい試みです。だからこそ、キンシャサでもこの取り組みが広がり、将来的にはコンゴ民主共和国の他都市、さらにはアフリカ各国に広がればと思って活動に取り組んでいました。
斎藤氏:まずは、大学生の方と一緒にこのプロジェクトを実行できたことが楽しかったです。初めはあまり興味を示さない学生がいたり、問題が何度も起こったりすることもありましたが、チームで対話を続けて解決してきました。学生が徐々に率先してプロジェクトに参加している姿を見てとてもやりがいを感じました。
– 最後に、タクティカル・アーバニズムの今後の期待を教えてください。
トレゾール氏:地域コミュニティがタクティカル・アーバニズムについてもっと知るきっかけになれば嬉しいです。そして、タクティカル・アーバニズムが現在の都市問題の解決策となることを期待しています。さらに、皆さんに知ってほしいのは、政府の資金でしか都市・交通問題を解決できないわけではなく、地域コミュニティから政府に解決策を提案することで、現地の問題や都市化の課題を解決することができるということです。
そして、ケニアなどの他国でもすでにタクティカル・アーバニズムを取り入れ始めており、そういった国やコミュニティと連携して国をまたいだタクティカル・アーバニズムを広げていきたいです。
津村氏:まずは、タクティカル・アーバニズムの考え方をコンゴ民主共和国やアフリカ各国のプロジェクトに広めていけたらと思います。今回のプロジェクトを成功事例として、他の国の都市・交通計画にも活用できるようになればと思います。これからもタクティカル・アーバニズムの切り口を通してあらゆる地域コミュニティに貢献できればと思います。
斎藤氏:今回、コンゴ民主共和国にタクティカル・アーバニズムを導入することができて本当に良かったですし、国をまたいだ地域間での関係も構築できるきっかけになれば嬉しいです。私自身、西アフリカの他プロジェクトにも参加しており、例えば他国の研修生をコンゴ民主共和国に招き、お互いに知識の共有や技術交換ができるきっかけを創っていきたいと考えています。
インタビューのまとめ
このインタビューでは、キンシャサ市で都市・交通インフラ改善のプロジェクトに関わるチームメンバーの経験とプロジェクトへの想い、プロジェクトに参加した学生たちの経験について詳しく掘り下げました。
今回の取り組みは、都市・交通の改善とコミュニティの参加を促進するための重要なステップとなっています。学生や地域コミュニティとの連携を強化し、都市の課題解決に向けた積極的な取り組みがコンゴ民主共和国から始まります。
トレゾール・カテンボ(キンシャサ市都市開発ユニット/CDUK)
コンゴ民主共和国キンシャサ市を拠点に活動する都市・地域開発プランナー。南アフリカのヨハネスブルグ大学で研究員としての経験を持ち、アフリカの都市問題に精通。現在、世界銀行の「Kin Elenda」プロジェクトで都市経営の専門家を務め、JICAの「キンシャサ市都市交通マスタープラン実施促進プロジェクト」にも参画。コミュニティ参加型の都市開発アプローチで持続可能で強靭な都市環境の実現に尽力。
津村 優磨(株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル プランニング事業部 交通計画部)
京都大学大学院で都市政策・交通政策を学び、JICAのインターンシップを経て2016年から現職。開発途上国の都市・交通計画プロジェクトに参画し、東京大学との共同研究にも従事。モビリティを通じて「まち」と「人」の関係改善を目指す。
斎藤 春佳(株式会社アンジェロセック 社会基盤開発事業本部 交通基盤部)
幼少期に見た砂利道の幹線道化に感銘を受け土木技術者を志す。京都大学工学部を経て、大学院時代にカメルーンでの実習研究を経験。2016年に開発コンサルに転向し、現場指向のインフラ整備を目指す。現在、地元民と交通改善・安全啓発ソング制作を構想中。