アフリカ東部に位置する”ブルンジ共和国”。アフリカに詳しい方でも、意外とブルンジという国をよくご存知の方も少ないのではないでしょうか。

ブルンジはルワンダの南に位置する小さな内陸国です。面積は北海道の1/3ほど。丘が連なる国土に、1,200万人ほどが暮らしています。国民の90%以上が零細農家だと言われています。

人々は一般に、穏やかで儀礼や体裁を重んじます。信仰熱心な人が多いです。気候は一年中過ごしやすく、雨期は9月~4月頃と長く、自然環境に恵まれています。

そんな秘境国ブルンジについて、紹介していきたいと思います。

ブルンジのイメージと言えば、民族対立??

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ブルンジをご存知の方がいらっしゃるとしたら、思い浮かぶのは「民族対立」でしょうか。

ブルンジは、国民全員がブルンジ語(Kirundi)を母語とする、アフリカでは珍しい単一民族国家です。隣の国ルワンダの言葉と非常に似ています。

「民族」とは一般に、言語や宗教で区別される集団のことです。でも、ブルンジ人は、同じ言葉を話し、唯一神”imana”を信じています。ブルンジにおける「民族」は、宗主国ベルギーによる統治のために作られた支配階級と被支配階級にほかなりません。国民を「ツチ」と「フツ」に分けるために、鼻の高さを測ったり、牛の数が数えられた資料が残っています。

そうして作られた亀裂に起因して、1962年の独立後も殺戮が絶えず、72年に20万人、88年に5万人(人数に関しては諸説あり)とも言われる虐殺を、93年からは30万人の犠牲者を出したと言われる紛争を経験したのは事実です。

しかし、この紛争で最も激しく戦闘していたのは、現在の政権与党であるCNDD-FDDと野党FNLであり、共にフツを主な構成員としています。作られた「民族」を基盤とする対立は、次第に政権争いへと発展しました。

06年の紛争終結以降、国民のたゆまぬ努力によって、平和を取り戻りつつありましたが、2015年の大統領選挙に、憲法に定められた期間を延長して現職が立候補・再選したのを機に、再び混乱に陥りました。2020年には次の選挙を控えており、政治の先行きは真っ暗です。

現在に至るまで、諜報機関や警察、ユースウィングらによる不当逮捕、誘拐、拷問、暗殺が絶えませんが、これは、政権によるその他封じ込めです。

与党以外の政治的集会の開催は非常に困難であり、メディアは政権に不都合な事実を報道することは不可能であり、反政府デモの開催はもってのほか。非常に腐敗した警察や自治体などに頻繁に賄賂を要求され、一向に物事が進みません。

私たちが今直面している苦悩はこういったことであり、さらに、以下で触れる貧困と飢餓であり、「民族対立」ではありません。

秘境の国、ブルンジの今

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こういった歴史を辿ってきたブルンジは、今も多くの困難を抱えています。

人間開発指標は185/189位(UNDP)、貧困ライン以下人口は73%(世銀)、国民の半数以上が慢性的に食糧供給が不安定であり、国民のほとんどが自給農民にも関わらず、食料生産は1人あたり55日分/年(WFP)しかありません。

1人あたりGDPは世界で下から2番目(IMF)です。さらには、幸福指数(SDSN)は2016年には世界最下位、その他の年も非常に低い数値です。

ブルンジ自慢

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暗い話が続いてしまいました。最後に、ブルンジの魅力を挙げたいと思います。

その1:人がいい

人当たりがいいです。接客も素晴らしいです。心を許してもらって友達になるにはテクニックが必要ですが、友達になれば厚い情でいつも助けてくれます。

その2:気候がいい

暑すぎず、寒すぎず、水資源も豊富で、緑も多いです。

その3:ごはんがおいしい

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南国フルーツやタンガニーカ湖の魚などが絶品です。

今後も引き続きブルンジからニュースを発信していきますので、どうぞお楽しみに!

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ドゥサベ 友香

ドゥサベ 友香

妻/母/開発コンサル会社勤務/雑貨店経営/ボランティア団体代表メイドインブルンジ&エコ専門店
ドゥサベ友香(ともか)1989年名古屋市生まれ。2016年にブルンジ移住。夫と娘、ときどき夫の家族・親戚やその他私は知らない人たちと共にブジュンブラに暮らす。育児と日本のコンサル会社の業務の傍ら、メイドインブルンジ&エコ商品を扱う店の経営、路上の母子の生活再建支援も手がける。